March 25, 2009 4:53 AM yuzzy diary
駅のホーム、号泣する少年。
どうやら迷子になっているらしい。
駅員が片ヒザをついてなだめても、
通りすがりの年配婦人が優しくあやしても、
その泣き声が止む様子は無い。
数分後、親らしき女性が登場。
ほぼ私と同じぐらいの年齢だろう。
開口一番、少年に対して、迷子になった結果を糾弾した。
私のような子供嫌いの人間は、
他人の子育てに口を出す気はないし、
子宮の中に精子を出す気もない。
ただ。
泣いている子供に対して、
安堵の前に恐怖を植えつけるのは、
何かしらのねじれを生んでしまうのでは、と心配する。
色素を中心に私自身の成長を振り返ってみると、
ピンク色だった部分は仄かに黒くなり、
黒かった髪は茶髪になっている。
或いは数日前に出遭った父の頭には、
わずかに白いものが散見するようになった。
泣け泣け少年。
寂しさに涙するのは子供だけじゃない。
March 17, 2009 2:28 AM yuzzy diary
work
20日、春分の日は格闘技祭り。
戦極では映像ディレクターとして
場内ビジョン&PPV放送用選手紹介VTRを4試合、
修斗ではライターとしてパンフ用試合見所原稿を3試合、
それぞれに担当させてもらった。
「表現」という括りでは同じ仕事だが、
やはり使用する頭の筋肉は違うなー、と改めて実感。
ただ思っていたより、今現在は少し余力がある。
ちょっとした酒池肉林なら参加できそうな勢いだ。
それでもこうやって作品を作っていると、
やはり私は目立ちたがりなのだな、と自覚する。
こういう仕事を生業としている人は、
すべからくそうあるべし、とさえ思うのだが、
極力、分担している他の制作陣と作風を並べよう、並べないといけない、
と思いながらも、少しの「らしさ」を出したくなる。
戦極のナレーションでも、どうしても言いたい一文を押し通した。
見た人がくすっと笑ってくれりゃ、仄かに鳥肌ってくれれば、それだけでいい。
文章だってそうだ。
いきなり読んで、それが私だ、とわかるような文体でいたい。
それも無理にするのではなく、自然にそうなるような。
顔や言動で目立とう、とは微塵も思わない。
昔は委員長的な立場を好む人間だったのだが、
今はあまり、これ見よがしなのは好きじゃない。
だから。
せめて作品ではカッコつけさせてくれ。
寝たふりしてる間に見ていってくれ。
アアアアアアアアアア。
March 13, 2009 3:12 AM yuzzy diary
その日僕は、ステーキ屋に入ったんだ。
新鮮なサラダ、フレンチ・ドレッシング。
隣に座る恰幅のいいタクシードライバー。
運ばれてきたのは、大盛りのヒレステーキ。
その圧倒的なボリュームを前に、
思わず彼は、よっしゃー、と小声でつぶやいたんだ。
人は歌い踊りはじめて、街は笑顔で溢れてる。
世界の道がつながる日、世界が一番幸せな日。
その日、回転寿司屋にいたのも僕さ。
メリーゴーラウンド・サーモン、ドラッグ・ワサビ。
入り口から恰幅のいい中年男性が入ってきて、
ほぼ座ると同じタイミングで、
回るレーンからイクラを取ったんだ。
思わず僕はつぶやいたよ、早っ、ってさ。
夜の山手線はいつだって混んでいる。
まるでサンドウィッチみたいに押し付けられてさ。
メガネをかけた細身サラリーマン、
熱心に読んでいるのは夕刊紙の猥褻記事。
ずり落ちそうなメガネに気づかないでいるから、
電車の揺れにあわせて、それは空中にダイヴしたのさ。
人は歌い踊りはじめて、街は笑顔で溢れてる。
世界の道がつながる日、世界が一番幸せな日。
外見と行動があまりに符合すると、
やがて僕は恋をするのさ。
そうだね、それはきっと母親のような優しい笑みで、
だから僕は恋をするのさ。
ララララ。
March 11, 2009 10:07 PM yuzzy diary
再びカミングアウトしてみよう、30歳未婚。
今回は「思想の前倒し」について。
近頃、階段が怖い。
ドロロンの怪談、ではなく階段。
別に足腰が弱くなった、というオジイな理由ではなく、
「思想の前倒し」現象に陥ったからだ。
例えば人生においてこの先。
たぶん一度ぐらいは階段で滑ることがあると思う。
10回も転倒しないだろう、という自信と同じぐらい、
1回はしてしまうだろうな、という漠然としたイメージがある。
だったら先に今、自分から滑ってしまえばいいんじゃないか、と。
なるべくなら、転倒後もうまく着地できる若いうちに滑っておいた方が
ケガをしないですむんじゃねえか、的な前倒し。
嫌いなものを先に食べるのと同じ。
どこかで食べるのなら先に、みたいな。
昔からそうだった。
指を紙で切るのも、ドアに小指をぶつけるのも、
先に今済ましてしまおう、みたいな感覚になる。
論点は合っている間違っている、ではない。
この思想そのものが共通認識かどうか、だ。
March 10, 2009 2:54 AM yuzzy diary
とある方のブログで「寿司屋で香水の匂いを振りまく女が許せない」という
記事を熱く書いていて、確かにそうだと頷く一方、
匂いって本当に出来事の記憶を強烈にするよな、と思う。
確かに嗅覚は、その信号がダイレクトに大脳辺縁系に入るため、
人間の五感のなかで最も原始的で、本能的な感覚と言われる。
新宿歌舞伎町と新宿二丁目の近くにある我がマンション。
住人には夜の商売の方も多数いる。
23時ぐらいに帰宅するとエレベーターの中は大体、香水の匂いで、
それでもその匂いはなんとなく、一日の疲れを癒す謎の役割がある。
あー、家に帰ってきた、的な。
母の味噌汁、に通じる安堵感がある。
言うなれば夜の煮干、まるで都会のかつおぶし。
考えてみれば。
某テレビ局のエレベーターで、山本モナと一緒になったことがある。
その体から発する香水の匂い、
歩いてきた人生をそのまま香りにしたような大人の匂いに、
仕事中なのに、軽くモナッた記憶がある。
なんならそれ以来、ちょっとモナが気になりだしたとさえ言える。
タバコの匂いに大人の男を感じる女性より、
香水の匂いに大人の女を感じる単純な男はきっと多い。
ただーし。
前述のように、やはり時と場合を選ぶのが、本当のいい女だとも思うけれど。
探そう、出汁美人。